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戦中戦後の苦難の時代を聞き書き 流山の主婦らが製本 |
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製本した本を手に聞き書きしたメンバー |
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流山市の中央公民館(文化会館)で開催した女性セミナー「聞き書き講座」を受講した市民8人が83歳から90歳の女性4人の苦難の生い立ちを「聞き書き」し、手作りの本にまとめた。ことし1月23日から2月6日まで3回にわたり流山市中央公民館で日本聞き書き学会講師であり編集者や作家でもある小田豊二さんを講師に招き、聞き方のポイントをはじめ話し言葉で書くことの大切さなどを学んだ。
83歳~90歳の女性4人の体験談
聞き書きをしたのは、女性セミナーを受講した伊藤繁子さん、上野信子さん、木村晶子さん、木津陽子さん、小出千鶴子さん、小林三代子さん、鈴木節子さん、村田和子さんの40〜70歳代の8人。
講座終了後、メンバーは本格的に古老に話を聞き、1度だけの訪間では話を聞くことが難しい人の自宅には4度も足を運んだ。
秋元弘子さん(左)と猪瀬ゆきさん |
今回の作品は、流山に住む秋元弘子さん(89)、猪瀬ゆきさん(90)、米山睦子さん(83)、鈴木美重子さん(83)の4人が登場。
秋元さんは「大正13年に流山の光明院のお寺に生まれました。教育勅語を暗記し、戦中だった女学校(松戸高女)では、なぎなたの授業もあり、慰問袋や千人針を作った思い出があります」と昔を振り返る。松戸高女は矢切にあった時代で、松戸駅から30分かけて歩いて通った。その頃、松戸高女生は大根足と呼ばれていたという。
また、当時、流山にあった酒造工場にアメリカのB29爆撃機から爆弾が落とされ、近所の5人が亡くなった話などを聞き書きとして本に記している。
いまでも編み物教室に通っているという猪瀬さんは、栃木県の養蚕農家に生まれた。地域の男性は戦争に召集され、女性と高齢者ばかりで農地が草だらけになってしまった思い出や、「供出」で農家なのに米がなく、疎開の人々の苦労を目の当たりにしていた話などを語っている。
「母の実家も農家で母も1日中働いていました。現金収入が少なく学校の月謝の日には言い出すのがつらくて、それでもかき集めてくれました」
小学5年生頃から家事を手伝った。鉄釜で炊飯やみそ作り。しょうゆはうまく作れないために買った。「砂糖、塩は叺(かます※)で」と猪瀬さん。
女学校を卒業してからが暗黒の青春時代という。夏場は蚕と農業を、二毛作のため休みなしで働いた。
今後はテーマを絞って
結婚して茨城県結城に移り、その後1991年に流山に越してきた。「こちらに来て図書館が近いために本を夢中で読みました」と楽しい毎日を送っている猪瀬さんだ。
2時間ずつ4回に分けて話をしてくれた米山さんは、第七師団があった北海道旭川の生まれ。戦中から「日本は負ける」と言っていた父親に育てられ、民生委員を21年間勤め、夫が65歳のときに流山でNPO第1号を立ち上げた思い出などを語っている。
83歳の今もバイクで移動して手まり作りの講師を続けている鈴木さんは、福島県二本松市の農家に生まれ、戦中は「供出」や防空壕掘りに追われ、戦後は「農家の嫁」として離婚などの苦労を味わい、働きづくめだった。63歳のときに手まり講座に参加し、いまでは20年間に教えた手まりが1000個を越えているという話を語ってくれた。
今回、語ってくれた4人に共通しているのは「人の縁」「一期一会」「出会い」などの言葉。
この聞き書きの成果をまとまった原稿を印刷して、製本テープなどを使い、A4版70ページの本に仕上げた。
昨年も「聞き書き おばあちゃんの昔ばなし」の第1号を出版。公民館講座として女性セミナー「聞き書きを学ぼう! おばあちゃんのむかし話〜未来への伝言」と題し、2012年2月に4回連続で講座を開催した。こうした活動が評価され、今年、流山の中央公民館が文部科学省の「全国優良公民館」として表彰を受けた。
この聞き書き活動は、受講修了生らが集まって女性聞き書きの会「みらい」を結成。今年は流山の白みりんが誕生して200年であることや来年は終戦70年の節目の年であることなどから、今後は「学童疎開」などにテーマを絞って活動したいとしている。
問い合わせは Tel.04・7158・3462
※「叺(かます)」=わらむしろを2つに折って作った袋。 |
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