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  坂のある街 平成19年11月号  
郷愁誘う下町の階段  夕やけだんだん/荒川区

夕やけだんだん (脇には木製の看板がある)
 
 「なぜかは知らないが、わたしはいまもこの名を覚えている」と、魯迅は著作「藤野先生」で、東京から仙台へ向かう途中、通り過ぎた日暮里駅の印象を述べた。江戸の昔、高台にあった当地は日が暮れるのを忘れるほど景色が美しいことから「日暮らしの里 = 日暮里」という地名がついた。

 が、「日が暮れる里」とも読める語感は、魯迅の脳裏に、美しい夕焼けを見てだれもが胸に抱くあの感覚 "郷愁" を横切らせたに違いない。魯迅は仙台で故郷に帰る決意を固めている。そして現在、そこには "日が暮れる里" という響きを文字どおり体現した場所があった。名を「夕やけだんだん」という─。

 
夕やけだんだんの上からの眺め。視線の正面にはマンションが…
 JR日暮里駅北口から御殿坂を上りきり、七面坂を左ににらみながら下り坂を下りていくと、その先の「谷中銀座」の手前に大きな段差が現れる。

 そこに存在するのはコンクリート製の緩やかな階段。1990年、地元で愛称が募集され「階段上から見る夕焼けがあまりにもすばらしい」とのことから、夕やけだんだんという、不思議だが優しい響きの名称がつけられた。しかし現在、視線の正面には高層マンションが立ちはだかり、かつての眺望は失われている。

 「あそこはもともとがけ地だった。戦争時には防空壕 (ごう) となり、わたしもあそこへ逃げ込んでいた」と戦時を振り返るのは、谷中銀座で武藤書店 (TEL03・3821・3308) を営む、武藤高さん (77)。武藤さんは生まれも育ちも谷中っ子。


「谷中は落語の街でもある」と語る武藤さん。谷中の人にとって落語家は身近な存在。武藤さんの書店にも専用コーナーがある
 
  「ここは江戸の大火を避けた寺院が集まり寺町を形成。その後、関東大震災や、東京大空襲さえもくぐり抜けて生き延びた本当の下町。日本人にとっての心の故郷がここにある」と武藤さん。

 また「下町が舞台のテレビドラマのロケ地としても有名で、若い年齢の観光客も増えた」という。しかしメディアの影響で若い人々が来訪する分、昔ながらの街並みに変化が訪れている。

 日暮里駅から御殿坂を上ったところにある軽食喫茶「あづま家」(TEL03・3821・4946)。あんみつが自慢の甘味どころだ。ここを経営する吉田博さん (63)、昌代さん (65) 夫妻は言う。

 「この一帯は寺町なので、お盆・お彼岸などのお墓参りの際には、子ども連れの家族がうちにより、自慢のあんみつで心と体を休めてくれる。しかし今やそういうお客が徐々に減っている」と、伝統が廃れてゆく世相に寂しさを漏らす。

 
御殿坂を登ったところにある「谷中せんべい」。大正の創業以来、昔ながらの味を守る
国境超えて集う人
 しかし、谷中の街のたたずまいは外国人にはたまらない情景らしい。夕やけだんだんの脇でイラン・トルコ・ウズベキスタン料理店「ZAKURO」 (TEL03・5685・5313) を営むモハマド・アリ・サダット・レザインさん (42) は「新宿みたいな都会は世界にいくらでもあるが、日本の伝統が生きている街は谷中をおいてほかにない」と語る。アリさん、店を構える物件を探していた折、「こここそが本当の日本!」と一発でほれ込んだそうだ。


「あづま家」を営む夫婦。「マイウー」でおなじみの、ホンジャマカ・石塚英彦さんも訪れたとか
 
 店内は床と壁にペルシャじゅうたんが敷き詰められ、お客はじゅうたんに腰を下ろして食べるというエキゾチックなスタイル。

 だが、当初は経営不振で店をたたむ覚悟をしたという。そんな時、谷中の人々は店を守るためたびたび利用してくれるとともに、料理の味や店内の内装に多くのアドバイスをもたらした。「谷中の人たちの人情に助けられた」とアリさんは語る。

 そのおかげで今や多くの日本人が訪れるようになり、また故郷の味を求める異国の人々も、料理に舌鼓を打つ。

 空の視界が遮られ、昔のような夕焼けが見えなくなっても、夕やけだんだんの周りには、国境を超え、郷愁を求めるさまざまな人々が集まるようだ。きょうも夕やけだんだんを行き交う人々の流れは絶えない。

 
「ZAKURO」のアリさん。イランから来日した大の親日家。


『武藤書店』TEL : 03-3821-3308
『あづま家』TEL : 03-3821-4946
『ZAKURO』TEL : 03-5685-5313

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