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定年時代
 
  坂のある街 平成19年2月号  
住民作「湯島の白梅」  天神男坂・天神女坂/文京区

急な傾斜の天神男坂。左手が梅園。
 
 「湯島の白梅」は、東京に春を告げる風物詩。菅原道真をまつる湯島天神(文京区)は、江戸時代から梅の名所として知られてきた。ただ、戦後しばらく境内は荒れ、梅の木は数本しかなかったのを知る人は少ない。坂下の街から境内へ上る天神男坂と天神女坂。近くの有志らが昭和30年代、5年余りかけて現在の梅園を造った。見返りを求めず汗を流した心意気。それを知る人も、今は少ない。

 学問の神様として有名な湯島天神は、合格祈願の受験生と梅見の参拝者で、早春たいへんなにぎわいをみせる。天神男坂は38段の石段で急な傾斜。天神女坂も石段だが、緩やかで途中に踊り場がある。どちらも参拝者用だが地下鉄湯島駅に近く、坂上の事業所への「通勤路」にもなっている。

 境内の梅は約300本。泉鏡花原作の劇や歌謡曲「湯島の白梅」の舞台らしく、ほぼ8割を白梅が占める。湯島天神によると、例年の見ごろは2月中下旬。白い花々に、紅とピンクの花が交じる。男坂と女坂の間にも梅園があり、上り下りの足を休める人が、花の季節には目立つ。

 「昔は(境内は)雑木林でね。梅はせいぜい3、4本」

 
綿引 満さん
 特大かき揚げが名物の天ぷら店「天久」を営む綿引満さん(59)は、坂下近くで「天神様」を見守ってきた。「あの『湯島の白梅』を見ようと来た人には気の毒な"がっかり名所"だったんだ」。終戦の混乱が収まってきた1955(昭和30)年ごろ、父親の久典さん(天久初代店主、故人)らが立ち上がった。

 「天神様の梅を復活させなきゃならねえ」

 みこしの団体を立ち上げるなど親分肌だった久典さん。住民の多くも熱意に応えた。シイやカシなどの木を引き抜き、その跡に梅の木を植える作業。梅は苗木ではなく成木を「四方八方探し回った」と満さんは語る。

 湯島には空襲の焼失を免れた家があり、金銭面で支援した住民も多かった。「30軒くらいは焼けなかったね」と今も戦前からの家に住む青木キンさん (90)。茶飲み友達の山崎フミさん(90)は「ここより南は丸焼け。御茶ノ水あたりを中央線が走っているのが見えた」と。

 満さんの兄の一典さん(63)"湯島天神白梅太鼓会長"は「昭和30年ごろ、おれは12、13歳。土日曜は手伝いに駆り出された」と笑う。植林をほぼ終えたのは61年ごろ。65年前後から「梅見の名所」と評判が広がり、神社側も整備を進めたことから現在の美林が誕生した。

 住民有志は梅園と歩道を隔てるさくを設けるなど、境内の整備にも尽くした。坂下で魚店「よろずや」(TEL03・3836・3938)2店舗を営む小山敏雄さん(61)は「参拝の人が落ちないようにと、女坂にさくをたてたのも、おれたちだよ」と語る。「よろずや」の魚のみそ漬けといえば「知る人ぞ知る逸品」。長男の徹さん(32)が祖母のハツさん(94)直伝のみそだれを作る。魚を目利きする敏雄さんは「気に入った魚しか仕入れないから商品がない日もあるよ」。綿引さん兄弟とは幼なじみで、今も満さんを「みっちゃん」と呼び、5月の例大祭では先頭に立ってみこしを担ぐ。「おれは『としちゃん』。ガキのころから変わらないよ」

 威勢の良い江戸っ子言葉を、湯島の「定年世代」は受け継いでいる。坂下には古い木造家屋が点在し、家並みに風趣を添える。梅香る境内の坂下は、昭和の"残り香"をまとっている。

 
「よろずや」の小山敏雄さん(左)、徹さん親子

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