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古九谷山水図丸紋平鉢
(金沢市立中村記念美術館蔵) |
ワンマン宰相・吉田茂を父に持つ作家・吉田健一(1912〜77)。幼少期の海外生活で培った語学を生かし、外国文学の批評や翻訳から文筆の道へ入ると、随筆や幻想小説でも活躍し、昭和文壇の中で異彩を放ちました。代表作に「英国の文学」などがあります。
文壇随一の“食いしん坊”で酒豪でもあった吉田は、グルメ・ツーリズムを体現する文化人の先駆けでもありました。日本各地の食を独特の文体でつづった「舌鼓ところどころ」などの随筆で「食味評論家」として人気を得ます。そんな吉田が取材で訪れ、ほれ込んだのが金沢です。金沢の郷土料理を「加賀料理」と命名したのも吉田といわれています。
60年ころから77年に死去するまで、毎年2月の金沢旅行には評論家・河上徹太郎、能楽師・観世栄夫、日本料理店「辻留」の三代目・辻義一が同行。「能役者と料理人をつれて昔の殿さまのよう」な優雅な旅でした。
随筆「金沢、又」には、中村酒造の当主で茶人の中村栄俊(えいしゅん)宅に招かれ、希少な陶磁器に盛られたごちそうと美酒を味わった折の感動をつづりました。「古九谷の見事な大皿に鯛が反り返り、それを浸す酒がこつ酒にしかない光沢を帯びる時、何か海を飲む思ひをする」。図版は、吉田も目にしたであろう、中村栄俊旧蔵の古九谷の名品です。
その後、中村は美術館を設立し、収集した美術品を展示。この美術館を訪れた吉田は、お気に入りの「均窯小鉢」(中国・宋代)が展示ケースに飾られているのを見て、「僕が持って行くと思って鍵をかけてしまった」と繰り返し、中村を困らせたこともあったとか。宰相・吉田茂の御曹司らしい無邪気な人柄が伝わる逸話です。
《神奈川県立神奈川近代文学館 秋元薫》 |
◆ 「生誕110年 吉田健一展『文學の樂み』」 ◆
5月22日(日)まで、神奈川近代文学館(みなとみらい線元町・中華街駅徒歩10分)で。
同館が吉田家から受贈した「吉田健一文庫」資料約5700点を中心に展示。酒、旅、友人たちを愛し、広く「文學の樂み」を伝えようとしたその生涯と作品を紹介している。
観覧料一般700円、65歳以上350円。同館Tel.045・622・6666 |
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