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樋口虎之助作 薩摩焼金襴手花瓶(山梨県立文学館蔵) |
24歳6カ月という短い生涯の中で、「たけくらべ」や「にごりえ」などの名作を残した作家・樋口一葉(1872〜96)。彼女が初めて商業誌に発表した小説「うもれ木」は、陶画工を題材とした作品です。
主人公は頑固な薩摩焼絵付師の入江籟三。妹と貧乏生活を送る中、かつて同じ師匠についていた篠原辰雄に勧められ、コロンブス博覧会に出品する花瓶を作ります。しかし辰雄は詐欺を計画していて…。
作品は1892(明治25)年11月および12月に、当時の一流文芸誌「都の花」に掲載。大きな話題にこそなりませんでしたが、翌年に雑誌「文學界」を創刊する文学青年たちから高く評価されました。
実は一葉には薩摩焼絵付師の次兄・虎之助がいて、籟三のモデルになったといわれています。虎之助は66(慶応2)年生まれ。15歳で陶芸家・成瀬誠至に弟子入り、薩摩金襴手(きんらんで、金彩文様のある色絵磁器)の絵付けを学び、奇山と号するようになりました。92年には、コロンブス博覧会(シカゴ万国博覧会、93年開催)への出品作の制作にも携わりました。
一葉は「うもれ木」執筆にあたり、虎之助に取材もしました。その際に聞き書きして描いたとみられる、細口の台付龍耳花瓶の図が現在まで伝えられています。作中で籟三が制作する花瓶と同様のものです。
図版は虎之助が制作した花瓶で、繊細かつ、生き生きと描かれた絵が目を引きます。虎之助は生活こそ豊かではなかったようですが、腕利きの職人だったといわれています。その作品からは、妹の一葉と同じく、真摯(しんし)に芸の道を生きた虎之助の姿を感じることができるかもしれません。
《神奈川県立神奈川近代文学館 本田未来》 |
◆ 「樋口一葉展—わが詩は人のいのちとなりぬべき」 ◆
11月28日(日)まで、神奈川県立神奈川近代文学館(みなとみらい線元町・中華街駅徒歩10分)で。
明治半ば、短い生涯の中で「たけくらべ」などの傑作を発表し、没後125年を経た今も名声衰えぬ樋口一葉。貴重な自筆資料など約400点の展示とともに、当時の時代背景と苦闘の生涯をひもとき、現代にも通じる作品の普遍的な魅力に迫る。
観覧料一般800円、65歳以上400円。同館 Tel.045・622・6666 |
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